辛い過去と無意識の情報処理

ふとしたことで、ずっと前に忘れていたことを思い出したりする。

それは、ある音楽を通してかもしれないし、匂いや風景かもしれない。なにかが、記憶のトリガーとなって、忘れていたかと思われていた記憶が、急に鮮明に蘇ってきたりする。

 

これも、人間の無意識の不思議だ。

 

最近、友人の家で自分たちのバンドのアウトプットのための音楽を探していて、ある懐かしい曲を偶然聞いた。

 

その途端に、昔仲良くしていた、大事な友人のことを思い出した。

 

その曲を聴いたのは、もう20年近く前のことで、その友人からもらったCDを車の中でかけて聴いた。

 

当時の私は、ニュージーランドの田舎からちょっと都会のオークランドに引っ越してきて、新しい生活を始めたばかりだった。

周りにほとんど日本人がいない、英語漬けの毎日で聴いた、久しぶりの邦楽だったからか、モノスごく心に響いて、オークランドのハーバーブリッジをドライブしながら、感極まって一人、運転しながら号泣していた。

今考えると、ちょっと恥ずかしい。笑

 

 

人の無意識の中から、時々そうやって何かの拍子に突然取り出されてくる記憶には、楽しいものもあれば、辛いものもある。

 

 

私の場合、その曲から芋づる式に当時の記憶がよみがり、当時お世話になった人たちのことが思い出されて来た。

 

特に、そのCDの送り主の友人には本当にお世話になった。彼女がいたから今の私がある。ものすごく、大切な友人だった。

 

でもその彼女はもうこの世にはいない。

 

彼女が亡くなってもう何年にもなるけども、私はずっと彼女のことを書くことをしなかった。

 

書けなかった。

 

 

彼女がなくなってしまったことを、自分の中でうまく処理ができなくて、記憶ごと消そうとしていたからなのかもしれない。

 

でもいくら私が、忘れっぽい、忘れることの達人だとしても、そんなに都合よくはいかない。

 

ところで、私は彼女の死に際して、あるとても不思議体験をした。

 

彼女とは10年以上の月日を共にした同志だった。

牢獄にいるように感じていた、宗教団体から共に抜け出し、同じような時期に離婚も経験し、同年代の子供を育て、シングルマザーとして、一社会人として、日々戦っていた。

彼女は年上で、いろいろな面で才能もあり、仕事面でも、人間としても、とても尊敬のできる素晴らしい人だった。職場が同じだったこともあり、毎日のようにいろんなことを話して楽しい時間を過ごした。

そんなある日、彼女は癌にかかってしまった。

それまでも、私は体の弱かった彼女を連れて、市内のいろいろな病院に連れて行ったりしていた。

検査の結果、彼女のガンは、まだまだ初期の段階で、手術をすれば問題ないという検査結果を聞いて、心配だったけど、きっと大丈夫だ、と話して励ましていた。

 

 

しかし、その約2年後に、亡くなってしまった。

 

 

 

不思議なのは、別の友人が彼女を再検査に連れて行った時に、すでに末期の膵臓癌で、手術もできない状態であるということが判明した時、その友人は私にそのことをつたえてくれたらしい。

 

でも、私には全くその記憶がない。

 

私は、彼女のガンは早期発見早期治療により、治るものだと信じ込んでいた。

 

当時、私はレストランのウェイトレスの仕事をしていて、昼も夜もレストランにいるような生活をしていた。

 

その、お店に、彼女が何回か娘さんとお友達とともに来てくれていた。
その度に、私は元気そうだなと思ってホッとしていたことを覚えて入る。

 

ただ、彼女が席を外してトイレに行って入るうちに同席さえていたお友達の一人が涙を流して、彼女と食事に来れてよかったと、話していた時、私はなぜその方が泣いているのがわからず、不思議な気持ちで見ていたのを覚えている。

 

今考えれば、その方は彼女の死期が近づいて入ることを知っていたので、そして、私にももちろんそのことは聞かされていると思って、泣いていたのだ。

なのに、その時私は全く知らなかった。

 

彼女が亡くなった時ーーーーーー

 

 

私は、日本にいた。八王子の弟の家に父親と一緒に滞在していた。

 

亡くなる時にそばにいてあげられなかったこと、何よりも、私に何も言わずに彼女が逝ってしまったことに、言いようのないショックを受け、自分を責めた。

 

私の娘たちと同じくらいの歳の娘さんがいる彼女にとって、あまりにも早すぎる死に、誰よりも悔しい思いをしたに違いない。

もし、そばにいてあげていたら、何かが変わったんじゃないかとも思った。

 

それが、彼女の寿命だったのだとしたら、誰もそれを変えることはできないのだけれども、、、。

 

今になってようやくわかったこと。

何も言わずに逝ったのは、彼女の優しさだったのだと。

 

死にたかった私が、こうして生きていて、聡明で美しかった彼女がなくなってしまったという、人生の不条理。

 

今、ようやく彼女の死に対しても、こうして向き合うことができるのは、時間と、無意識の働きのおかげなのかも知れない。

どうやら、無意識の中で起きていることの中には、辛い過去の情報処理もあるようです。

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